フラメンコギター教室東京

フラメンコギターの幻想 古典と新しさの間をゆれ動く
我が国のフラメンコ界に異端の旗をかかげる
貴公子の奏でる一色の幻想
構成演出 大川 三十郎
音楽構成 一色 ホアン

キヤマ 晃司 (美術)
二瓶  士夫 (照明)
富田  健治 (音響)
村上 登志夫 (舞台監督)
T・G・T  (製作)

一色 ホアン (ギター)
有本 欽隆  (詩)
飯ヶ谷守康  (ギター)
山俣加代子  (べスー)
片山 始   (パルマ)
岡本 創一  (ギター)

特別出演
加藤よう子(舞踊カスタネット)
後援
スペイン大使館・尚美高等音楽学院
前売
プレイガイド・カサアルティスタ
指定¥1500 自由¥1000

72年12月24日(日)Pm7.00
日仏会館ホール(お茶の水)

撮影 一色富夫


ホアン一色がオカマのストーカーによく追っかけられたころです。
星のフラメンコは西郷輝彦フラメンコの星はホアン一色と言われました。(嘘本当)

当時のメンバーを紹介します、
 飯ヶ谷守康(ギター)現在北海道中心に活躍中当時スペインから帰国したばかりのNO1ギターリスト。

 岡本創一 (ギター)劇画家でサスケ、カムイ外伝などの作者、白土三平氏を父に持
ち小学生時代からフラメンコを習い(ホアン一色の孫弟子)中学時代ホアン一色の下で修行する、
後にホアンの紹介で飯ヶ谷氏に師事中学卒業後スペインで修行する。
 帰国後は天才ギターリストとして活躍真さに天才中の天才残念ながら天才と呼ばれる人によくある心の病で若くして他界しておりいます。
 今も元気で活躍していれば、さぞかしホアン一色も鼻が高かったでしょう。 残念
 
  加藤よう子(舞踊カスタネット)大変素敵な舞踊家でタラントをパンタロン姿で踊ったのを今もはっきり覚えています、
ホアン一色のギターをカスタネットで伴奏していただきました。

 尚美高等音楽学院(現在、尚美学園大学)24才からホアン一色がフラメンコギターを教えていた音楽学校です、
フォルテ楽器の小川若冶君たちが生徒でいました。

 CMなどで活躍中の若手ギターリスト村地佳織さんのお父さんもクラシックギターの先生ですが一緒に教えていました。

たまごっちブームで一世を風靡したウイズの社長横井君もこのころフラメンコを習いに来ていました。  (たまごっちは開発製造ウイズ販売バンダイ)
この事を知らずウイズの面接試験で趣味はフラメンコですCASAにも通っていますと言って採用されたお客さんが居ます。



ギターリスト80F 庄司栄吉作 世田谷美術館所蔵
リサイタルが終わった翌日です、

男性から絵のモデルになって頂けないでしょうかと
電話がありました、
リサイタルを見て電話したと言うのです。

私はプロのモデルではないのでギターの
練習をしてて良いのでしたらとの条件で引き受けました。

翌日渋谷のハチ公の前で待ち合わせてやって来たのは、
定年間際でやっと係長と言う感じの人の良さそうなおじさんで、
アトリエに着くまでは、
プロの画家かアマチアなのか分かりまませんでした。

そのおじさんが画家の庄司栄吉先生でした。

それからは春の光風会、秋の日展とそのたびに3ヶ月ぐらい
10年近く通いました。

ホアン一色に美的センスが有るとすればこのころ身に付いた
のではないかと思います。

左の絵は庄司先生が内閣総理大臣賞をいただいた時の
出展作品です、

80号の絵でホアン一色が等身大で描かれています。

フラメンコ奏者 10P 庄司栄吉作

珍しいホアン一色の赤以外の服装です。

友人の牧場を旅した時の借物のパジャマ姿
赤い服は着て無かったのですが、
子牛に蹴飛ばされました。

バックに昔の女が写ってるので削除して有ります。
え !男だろって! バカ言っちゃいけねーよ



夫婦ではありません、美人の踊り手チャリートとツーショットです。
この頃までは美男美女の夫婦と間違えられました。


孫では有りません15歳本人です、(微笑年時代)

息子では有りません本人23歳


現在のホアン一色っと言っても30年前uso 撮影 渡辺亨


▲フラメンコギター教室